小児がんと向きあう方々とともに…
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忘れられない日。
2008年08月27日 (水) | 編集 |
みなさま。
大変ご無沙汰しております
なおちゃんです。


コメントでは旅の途中の足跡を残したりもしましたが
久々に記事を書こうと思い、只今パソコンにむかってます




なんだか今日は書かずにはいられなくなって。。





私にとって、今日は一年で一番大切な日なんです









今日、8月27日は、私が骨髄移植をした日です。

移植当時(当日)は、朝の9時から夜の10時までかかりました。
長かったなぁ。


あれからもう、今年で1●年が経ちました。

月日が経つのはとっても早いモノです。
私のもうひとつの誕生日でもあり、
毎年この日は私にとって“忘れられない日”となっています。




最近、自分が当時治療していた頃の治療サマリーを手にする機会があり,
その中に移植したときの概要が書かれていました。
かなりいろいろあった当時でしたが、
もう1●年も経ってしまったのかぁ・・・と思うと
こうして生きていることがなんだか不思議です。
たくさんの方々に支えられた中で今の自分が在ることに・・・
もう感謝しきれるものではありません。



また、忘れてはいけないのが“足ながおじさん”の存在
ドナーは当時、30代の男性とは聞いていました。
それ以上は骨髄バンクの規定によって、お互いに状況を知ることはできません。


名前も顔も知らない方から生命をもらったということで、
1●年前の今日から、その方を“足ながおじさん”と呼んでいます






そんな移植当時の事を綴った作文も自分でいろいろ書きましたが・・・、
今日は私の家族の記事をご紹介させて下さい




8月15日の記事に医療ルネサンスの事が書かれていましたが、
読売新聞主催で“心に残る医療”というテーマで
作文コンクールが毎年行われています



治療当時は自分が治療することしか考えていませんでしたが、
この文章を読んで、
“あの移植当時、母はこんな思いで看病してくれていたのか・・・”と、
家族の思いを改めて知ることができました。



しかし・・・入選してはじめて

“E(←私)のことを書いて作文応募したから~!”と言う母親(=_=;)
そんな楽観的なのがウチの母です

本人の承諾も無しに勝手に書いて・・・(>_<;) 
という思いもありましたが、まぁ結果往来(^^;)
後から作品の内容を読んでみると、なかなかよく書けてました (^-^*)


そんな作品をこの場を借りてご紹介させて下さいm(_ _)m







“夏がくれた新しい生命”

 それは夏の真っ盛り。十歳の娘は骨髄移植を受けるために、
家から三時間の所にある病院に転院しました。
四歳で白血病と診断され、抗がん剤や放射線治療の効果があって、
一度は人並みの学校生活も楽しめた後の再発でした。

 小児病棟に着くとすぐ、娘に優しく語りかけるように、
小児科のスタッフ全員の紹介がありました。主治医だけでなく、
スタッフ全員が娘のことを気にかけて下さるのだという安心感を覚えたものです。

 そして、主治医から娘に対して告知をしたいという申し出がありました。
「十歳の子が一人で無菌室でのつらい治療に耐えるためには、
本人が病気を治したいという強い意志が必要です。
わかりやすい言葉で説明して、本人の意志を確認したいのですが、どうでしょうか」
ということでした。
私たちは、それまでに病名や簡単な病気の説明はしていましたが、
主治医の真剣なまなざしと、その奥にある優しさを感じて、提案を受け入れました。

 主治医は体の絵を使ったり、実際の無菌室を見せたりして、
わかりやすい言葉ではあるけれど、ごまかさずに説明してくれました。
娘の口から
「骨髄移植を受ける。
 そして、あの吐き気のする点滴をもうしなくていいようになりたい」
という言葉が出ました。
親としては、移植への不安はありましたが、
娘が治療に対して自分の意志を持つように支えて下さる、
医師の温かさを感じずにはいられませんでした。

 そして、移植へ向けて、親から離れて自分一人で薬を飲んだり、吸入をしたり、
無菌室内での闘いに耐える準備の一か月が始まりました。
自分の消化器系の殺菌をするためのヨーグルト状の薬は、
何度も吐いては飲み直しが続き、つらそうにしていましたが、
甘い言葉はかけられませんでした。
それでも、同じ病棟の子どもたちとの楽しみを見つけた娘は、
家から遠く離れた病院で、一人の入院生活をしばらく続けました。
三人の妹弟に会える日を楽しみにしながらの一か月でした。

 「朝晩の人通りが少ない時に、病棟の外を散歩してもいいよ」
という主治医の言葉に、病棟の子どもたちは、
集団で涼しい風を求めて散歩をしていました。
点滴スタンドを押しながらの子もいれば、車いすやベビーカーを押す子もいました。
それぞれが病気を持ちながらも、助け合いが自然にできていました。
医療担当者の優しさが、子どもたちに伝わっているのでした。

 いよいよ移植の日、骨髄バンクを通して見つかったドナーの骨髄液が、
無菌室内の娘の体に一滴、一滴入っていきました。
ガラス張りの無菌室の外から、その一滴の重みに言葉が出ませんでした。
バンクができて、ドナーが見つかる日を夢見ながら旅立って行った患者さんや
その家族の思いが詰まった一滴、一滴でした。
前日までは、前処置の抗がん剤と放射線の副作用で、
日に十数回もおう吐し、ぐったりしていた娘も、
移植当日は起き上がって、ガラス越しにピースサインを送れるほど元気でした。

 ところが、ヨーグルト状の薬を吐き続け、ぐったりと横になったまま、
つらそうに涙を流すようになるまでに、そう時間はかかりませんでした。
ガラスに手を当てて、
「お母さん」と、泣き続ける娘の手をどれだけ握ってやりたかったことか。
そして、吐いても吐いても薬を飲ませる看護婦さんに、
「どうか静かに寝かせておいて下さい。あんなにつらそうにしているのに」と、
言いたくてたまりませんでした。
私はどのくらい悲愴な顔をしていたのでしょうか。
婦長さんから「お母さん、朝風呂の準備をしましたよ。
それから、病棟用の自転車がありますから、少し散歩をして来たらいいですよ」と、
声をかけられました。

 実は、娘の苦しむ姿を見ても、
手ひとつ握ってやれない自分に耐えられなくなっていた私は、
勧められるままに、風呂に入り、逃げるように自転車で病棟を後にしました。
どれだけ走ったでしょうか。
夏のにおいのする風に包まれて、遠くには濃い緑の山々がありました。
堂々とした太陽が力強く輝いていました。訳もなく涙が止まりませんでした。
病棟に帰ってみると、鬼のように見えた看護婦さんと娘が、
無菌室内で殺菌した紙と鉛筆を使って五目並べをしていました。
看護の厳しさと優しさを知ったような気がしました。

 娘が無菌室を出る日の早朝、病棟の外に出てみると、
太陽の光が地平線から差してきました。
そして、少しずつ少しずつ、
辺りは生命力に満ちあふれた暖かい光でいっぱいになりました。
そこには、両手を合わせて無心で拝んでいる私が居ました。
気が付くと、何人もの患者さんたちの拝む姿もありました。

 「車いすで、外に出てみていいよ」と、主治医から言われる日が来ました。
大きな木々に囲まれ、自分の足で大地に立った娘は、
「うそみたい。外に出られる日が来るとは思わなかった」と、
満面の笑みを浮かべたのでした。



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コメント
この記事へのコメント
なおちゃんへ
なおちゃん、おかえりなさい(*^_^*)
そして、ブログへの復帰待ってました!

あなたにとって、ひとつ目の誕生日は、この世に生まれたことを感謝する日。
今日迎えた、ふたつ目の誕生日は、生きてることへ感謝する日といったところでしょうか。

お誕生日、おめでとう(*⌒▽⌒*)
2008/08/27(水) 13:51:47 | URL | しろ~ #-[ 編集]
Happy Birthday!
なおちゃん、元気にしてますか?

1●年前の頑張りがあって、
今のなおちゃんが居るんだねv-410

「夏がくれた新しい命」を
初めて 読ませてもらった時、
気付いたら涙がこぼれてました。

親の愛って深いよなぁ~と
今日
再認識しました。

なおちゃん、記事の掲載
ありがとう

この日を 乗り越えてくれて
ありがとう

本当にどれだけの人に支えられて
生きてきたんだろう
どれだけの命に支えられて
今 生きているんだろう
私も誰かを支えて
生きていけたら、どんなに嬉しいだろう

外の雨音を聞きながら
なおちゃんの記事に 
合掌礼拝して、乾杯v-272してます♪
(↑もちろん感謝の合掌よ?(笑))



2008/08/27(水) 22:58:24 | URL | てけてけmt. #-[ 編集]
どうもどうも。
ただいまぁ~e-320
ケガもなく、無事帰ってきましたょ~(笑)。

しろ~さんは、やっぱりウマいこと言うね~ (^-^*)♪
まさに!、ひとつ目の誕生日は、“この世に生まれたことを感謝する日”。
ふたつ目の誕生日は、“生きてることへの感謝の日”です(*´∪`*)

昨日は母とふたりで、お祝いしましたe-146e-420
毎年、一年経つ度に、ささやかですが祝ってますe-239e-420

でも、昨日はたくさん食べ過ぎました・・・e-160e-330
久々の満腹で、胃もビックリですe-263



てけてけさん、コメントどうもありがとう。
なんだか、昨日は母の記事を載せたい気分でした。

いつまで経っても手のかかる子で申し訳ないなぁ・・・という気持ちと、
感謝の気持ちを込めて掲載させて頂きました。

本当に、自分はこれまで 
どれだけの人に支えられてきたんだろう。。。e-398
2008/08/28(木) 11:42:09 | URL | なおちゃん #-[ 編集]
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