小児がんと向きあう方々とともに…
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私と白血病 その2(しろ~の闘病記)
2008年05月16日 (金) | 編集 |

1984年10月31日…
この日から私の白血病との闘いは始りました…。

ピッカピカぁ~の小学1年生。

まだまだ、新しい黄色い帽子と黄色のランドセル
(皮製じゃなくて、学校指定のナイロン製のリュックでした)を身につけて、
毎日元気よく学校へと通学していたちょっと背が小さかったけど、
フツーの6歳の男の子でした。

この日までは…。

この日、私の通う小学校では学校の行事で、午後から
校庭にてお祭りが開催されていました。

4.5.6年生がそれぞれ工夫して個性のあるお店を出して、
1.2.3年生は支給される紙で作られた回数券みたいなチケットで
自分の行きたいお店でお買い物したり、遊んだりするという粋なお祭り。

私は自分で自由に使えるそのチケットで、いろんなお店を見てまわり、
唯一記憶に残っている“ザリガニ釣り”のお店にたどり着いたのです。

初めての“ザリガニ釣り”

大きなビニールのプールに、大きくて真っ赤なアメリカザリガニから、
小さなフツーのうす茶色のザリガニまでたくさんいました。

先輩たちの手ほどきを受けて、エサを入れてみるとすぐ釣れました。
金魚すくいのようなビニール袋に釣れたザリガニを入れてくれたのです。

ザリガニは頭には目と目の間に☆のような傷があって、最初は
なんとなく気に入らなかったのですが、でも、自分が釣った初めて
見るザリガニだから興味津々で、教室に戻ってからもジっと眺めて見てました…。

ホームルームが済んで、最後のお約束
「先生さようなら、みなさんさようなら!」を
言って礼をした時、一瞬だけ“めまい”がしました。
なんか変だな…っていうより、怖い感覚を感じました。
その時の感情は、今も残っています…。

靴を履いて、校舎をあとにして門へ向かって歩き出した時、
さっきよりも大きな“めまい”に襲われて、私は貧血で倒れました。

どのくらい時間が経ったのか、わかりません…。
かすかな意識の中で、遠くから声が聞こえてきます。
同級生の声でした。
「しろ~くんが寝てる!」 
…いやいや、寝てるんじゃないてばっ。
なんて気の利いたツッコミができるような年頃じゃありません。



「どうしたの?」 って聞かれたようですが、返事もおぼつかず、
同級生は先生を呼びに走っていきました。


しばらく放置されて…


先生が「しろ~くん、どうしたの?」って
大きな声で呼びながら走ってきました。

断続的に意識がとぶ中で、誰かに抱えられて、気づいたら保健室にいました。
ようやく意識も戻り、覗き込む担任の先生と保健の先生の顔が目に入りました。
…顔が近い!!っていうツッコミができる年頃…というより、そんな状況じゃなかった。

担任の先生からお母さんには連絡したから、迎えに来るよ」「って、
言われて私は“ホッ”としました。

母が来るのを、先生と話をしながら待ちました。
「きっと、遊びすぎて疲れたのかな?」なんて言葉を聞きながら…。

母がようやく迎えに来てくれ、私は歩けなくて、おんぶされて帰りました。
Vサインしかできないザリガニもね…。

その日の夜は熱も出て、いつもの元気が無いのを見て、
両親は私を病院へと連れて行きました。
あちこちを診られ、身体にアザがいくつかあるのを指摘され、
血液検査をされ、結果が出たら、もう一度血を採られて…

その日は結局、一晩中だったでしょうか…。
何度も血を採られて、痛くて泣いて泣いて
クタクタになっていました。

今考えると、このときに診てくれた先生が異変に気づいたから
間に合った、助かったと思います。

実は、8月頃から鼻血が頻繁に出て、
その頃からすでに異変はあったのです。

ですが、両親は「ただのハシャギ過ぎ」ぐらいにしか
思ってなく、さほど気にしていませんでした。

ようやく家に帰れるかと思いきや“即入院”
私は、相変わらずハッキリしない意識の中で
病院のベッドに寝かせれていました。
食事の時間…。
食欲もあまり無くて、飲み物しか口に入りませんでした。
そうそう、あの当時は、病院食にビンの牛乳が出ていました。
(たしか、HOMOとミドリ牛乳。俺の記憶力って…もったいない)

自分に何が起こっているのかがわからない…。
自分がどうして入院しているのか、意味がわからない。
いつになったら帰れるのかわからない。
どうして、母はそんなに暗い顔してるのかわからない…。

…このとき、すでに両親は、ドクターから「白血病の疑いが強い」と告知を
されていました…。

そんな事とは知らずに「早く帰りたい…」と、私はわがままを言っていました。


次回へ続く…




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コメント
この記事へのコメント
当時を思い出します
あなたの記事を読みながら
当時の我が子のこと、
自分のその時の様子や気持ちが
鮮明によみがえってきました。

体調が悪くて
病院へ行くと
次から次に検査…
しかも今までに
経験したことのないような
痛い検査。
不安も重なって
終わった頃は
泣き疲れて…

その横で
何で気づいて
やれなかったのだろうと
自分を責め
やりきれない思いでいっぱいだったのを覚えています。

私も主人も
仕事に追われ
子どもがきついのも
気づけないほどでした。

子どもが病気になって
気づかされたことが
いっぱいありました。

あれから、
どんなに忙しくても
自分を見失うような
仕事の仕方は
しないと決めました。

今では
ちょっと
大丈夫かしら~なんて
思われる仕事ぶりかも
しれませんが…v-290

この連載も楽しみにしてますv-344




2008/05/16(金) 21:35:34 | URL | step by step #-[ 編集]
おひさしぶりぃです(^-^)
しろ~です。
step by stepさん、いつもありがとうございます。

前回のあらすじの後、たくさんの方から応援をいただいております。

step by stepさんとは、まだゆっくりとお話をしてないので、子供さんの事をいつか聞きたいと思っていました。

来月、お会いできるのを楽しみにしてます(^-^)

しろ~(携帯)より
2008/05/16(金) 23:49:38 | URL | step by stepさんへ #-[ 編集]
胸が熱くなりました
6歳の子どもが、24年も前のことを、
ここまで覚えているなんてv-237
しろ~くんの記憶力って、超人的だ~v-405
って感心していたのですが、
step by stepさんのコメントを読んで、胸が熱くなりました。

これまで大変な病気に罹った子どもたち、親御さんたちを見てきて思うことですが、

我が子を病気にしてしまった、
もっと早く気づいてあげればよかったのに、
という親の気持ち、みなさん同じだと思います。
でも、
決してお父さんお母さんが悪いのではない!
だから、自分を責めないで!
っていう子どもの気持ちもみんなに共通しています。

人生、思い通りに行くものではなく、
たとえ、思い通りに進んだとしても、それが本当の幸せとは限らない、
むしろ、そうならない方が、学ぶことが多く、
多くの幸せを感じられるv-410
って、みんなのおかげで感じている今日この頃です。

今日は、病棟のこいのぼり会で、新人の医師、看護師に混じって、
「アンパンマン」の劇にちょっとだけ登場しました。
みんなの笑顔のために、また明日からも頑張りたいと思いますv-398

2008/05/18(日) 00:02:01 | URL | Iせんせい #-[ 編集]
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