小児がんと向きあう方々とともに…
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クラウン・シロップ誕生秘話
2011年05月11日 (水) | 編集 |

どもども、シロップです。

最初に言います。

久々の長文ですよ。

覚悟してくださいね。

よろしいでしょうか?


今週末はシアタークラウンフェスティバルの
特別講演のステージに立つので、準備や稽古でもう、
頭の中はぐちゃぐちゃになってるのですが…。

先日も、福岡の天神中央公園でのチャリティー
パフォーマンスをしている合方のマルコさんや、
ジャグラーのみなさま、若手お笑い芸人さんの
パフォーマンスを観ていて、自分のスキルの
薄っぺらさや不器用さに少々嫌気がしました。

でも、そんな気持ちになったときに
必ず手に取るものがあります。

私のウクレレケースに入っている1枚の写真です。

その写真には、私と一緒にKくんという
昨年の7月に小児がんでお星様になった
小学生のお友だちが写っています。

Kくんとは、小児がんの経験者の会の活動で出会いました。

とてもレスポンスのいい、笑顔が素敵なピュアな男の子。
人のボケにも容赦なくツッコミを入れてきます。

Kくんと初めて出会ってから数ヶ月経ったでしょうか…
Iせんせい から彼が末期がんと聞きました。

とてもかわいい彼のことを大好きな私とIせんせい は、
自分たちにできる限りのことをしよう!と心に決めて、
以前来ていただいたクラウンのじゅじゅさん、
ブッチィーさん、びりさんに何度も病院に足を運んでもらって、
彼が笑って喜ぶ姿を楽しく観ていました。

彼が亡くなる前に、ブッチィーさんとびりさんが訪れたのは昨年の春。
クラウンと病院をつなぐコーディーネートを私がしているとお二人から
「しろ~さんもクラウンになりなさい」と強く勧められました。

えええええっ!俺がっすか??

みたいな感じでしたが、

衣装を着て、メイクして、んでもって真顔な二人に囲まれると
そのまま はい! って言ってしまいました…。

それから、クラウンとしての修行を始めました。
まったくできないボールジャグリングから…
3つを投げれるまで2週間かかりました。

それから、衣装を探したり、靴を探したり、バルーン買ったり、
楽器も買ったり、メイク道具も揃えたりと、
もぉお金がかかるかかる…。

んで、不器用ゆえに、ものすごく練習にも時間がかかる。

そんな努力をIせんせい は陰ながら応援してくれました。

Iせんせい は、病床のKくんやお母さんに、
私がクラウン修行をしてることを話してくれました。

すると、Kくんは

「えー!クラウンはメイクも衣装も
 ちゃんとしなきゃダメだよ~!」

って言って、半信半疑の様子。

私は心のなかで、
「わかっとるわい!」っと思いながら、
Kくんが生きているうちに、
彼の前でクラウンデビューしようと
毎日真剣に練習を積みました。

クラウンの名前は何にしよっかな…と
スーパーで買い物しながら考えていたら、
ちょうど目の前にホットケーキのシロップがありました。

しろ~ → しろー → シロー → シロップ 

即決でした。

んで、Iせんせい はKくんに「シロップって名前になるらしいよ!」って言うと、
Kくんは「えーっ!シロップ!? ほんとに? シロップかぁ…」
と何度も私のとぼけた名前を連呼してくれたそうで、
…意外に気に入ってくれたものと勝手に判断しちゃいました。 

しかし、月日がどんどん過ぎると、
彼の容態もみるみるうちに悪化して、
ベッドから降りて、自分で歩くことも
できないような状態になってしまいました。

私は、Kくんに残された時間がわずかなのだと悟りました。
私も、病棟で3年も入院して、たくさん友達を失ったので、
そのシビアな現実を受け止めながら焦っていました。

出来損いのクラウンでもいいから、Kくんの前で
クラウンデビューをするか…と考えていたら、1つ問題が…。

クラウンとしてデビューしても、合方がいないと大変だと思い、
合方も探していました。

タイミングよく、地元の新聞の記事で合方のマルコさんの記事をみつけて、
すぐにコンタクトを取りました。

そして、7月の暑い日の夕方に、マルコさんとお会いして、
事情を話し、私がデビューするにはまだ早いので、
マルコさんだけでもKくんのために病棟へ訪問してくれませんか?
とお願いをして、マルコさんは快諾してくれました。
しかし、マルコさんには先約の予定があるので、
病棟に行けるのは早くても10日後。

Iせんせい にそのことを伝えると、
「それまでは、Kくんも頑張れるかも…」
とIせんせい も、彼の生命力に期待をしていました。

なんとか、間に合ってほしいと…

でも、その翌日。

Iせんせい から電話がありました。
「Kくん亡くなってしまった…ごめんね、間に合わなくて…」

そのときのIせんせい の医者として精一杯を尽くして、
救えなかった命への悲しみに溢れた声は今も鮮明に残っています。

そして、私もたくさん泣きました。

別れの日が来ることをわかっていても、
抑えきれないくらいの悲しみが
私の全身に溢れでてきました…。

ずっと、Kくんのことを気にかけてくれた
ブッチィーさんにも報告をしました。

ブッチィーさんも落胆しながら、私へ

「シロップさん、クラウンをますます
やめるわけにはいかないね…続けなくちゃだよ…」


そう励ましてくれました。

Kくんのお通夜にIせんせい と一緒に弔問に伺いました。

安らかに眠るKくんに
「おつかれさま、そして本当にありがとう!また必ず会おうね…」
頬を撫でて、お別れをしました。

斎場には、Kくんの生前の写真がたくさん飾られていて、
素敵な笑顔がたくさんありました。

そして、私とIせんせい が見つけて一番嬉しかった写真。
クラウンと一緒にキラキラした目で笑うKくんの記念写真でした。

斎場の外で、私とIせんせい は、

悔いが無いかと言われたら、やっぱりあるけど…でも、
できることはやったという気持ちも、ウソではないね…」


そう言いながら、斎場をあとにしました。

そして、Kくんの49日が過ぎて…すっかり秋になり、
私やKくん、仲間たちが長年を過ごしてきた病棟は
老朽化で役目を終えようとしていました。

私はIせんせい へ電話をしました。

「新しい病棟にお引越しをする前に、
 あの病棟にクラウンとして恩返しをさせてほしい」と。


そして…2010年10月13日

合方のマルコさんとクラウンのコンビを組み、
クラウン・マルコ&シロップは誕生しました。

まぁ、緊張と、不慣れなコンビと、私の力不足で
マルコさんに頼りっぱなしの散々な
クラウンデビューではありましたが~。

その後、新聞やTVのドキュメンタリーで
密着取材なんかもありまして、
Kくんとのエピソードが紹介されました。

私のデビュー以降の活動やKくんとのエピソードが
メディアで紹介してもらえたことで、
Kくんのお母さんにも喜んでいただきました。

今も、稽古をしていて、疲れてやる気が無くなってくると、
ウクレレのケースの中から写真を取り出して、
Kくんの顔を見つめると…


「ちゃんと練習しなさいよ!
 こどもたちが待ってるでしょ!」


と、素敵な笑顔で叱ってもらってます。

そして、病棟に入院しているこどもたちも
私の背中を押してくれています。

あと、2ヶ月もすればKくんの1周忌です。
早いものです。
でも、色褪せることはまったくないです。
これを書きながら何度も涙が溢れてきました…。


シアタークラウンフェスティバル2011
クラウンシロップの東京デビュー。
緊張と不安でいっぱいですが…


Kくんに捧げます。

俺、うんと頑張るからさ…
つまらなくてもお願いだから最前列で笑っておくれ



クラウンシロップの誕生秘話でした。

初診を…ちがう、初心を忘れないように綴らせてもらいました。


おしまい

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コメント
この記事へのコメント
シアタークラウンフェスティバルでのシロップさんの活躍、遠くながら応援しております!!  頑張ってきてください(^^)/

「クラウンシロップの誕生秘話」、、、涙(>_<)
2011/05/11(水) 08:24:53 | URL | 名無屋 #-[ 編集]
名無屋さん、ありがとう!
がんばります!
そして、名無屋さんのご注文のジャグリングボール保管中ですよ~。
2011/05/11(水) 15:11:38 | URL | しろ~ #SFo5/nok[ 編集]
こんばんは
シロップさんへ

ずっと前の記事にTwitterから、ツイスターズからたどり着きました。

講座ありがとうございました。
あの図々しいオバサンです(笑)
この記事、娘たちにも見せます。
想いの繋がりを信じて...

関東においでの際は、是非早めにつぶやいてくださいね!
お身体ご自愛下さいませ。
2012/07/14(土) 22:00:00 | URL | とっぴぃ #-[ 編集]
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