2008.01.18 Fri
なおちゃんは、かなり長文の記事を書くから圧倒されます

テケテケMtさんの正体をなおちゃんから聞きました

それと年齢詐称‥あっ、不詳だったね。
I先生にメールで写真を送ってみたけど、エラーが出ます。
他のメールアカウントをお持ちなら、メールフォームから私宛にお知らせください。
無ければ、現像して送りますので、やはりメールフォームで私宛に郵送先を教えてください。
いま、韓国で撮った写真の整理をしています。
連写撮り
してたりするので、述べ枚数が1000枚を超えていました
整理が大変だ-

2008.01.18 Fri
こんばんは。 なおちゃんです。
スマイルデイズおよびのぞみ訪韓団関係者の皆さま、数日ぶりです。4日間大変お疲れ様でした。
ブログに来てくださって、コメントを残してくださって皆さまホントウにありがとう(^-^)ノ”
今後もいろんな方々とこのブログを通じて出会えていけたらと思います(´・ω・`)
さて、この度の骨髄バンクドナー登録者30万人達成のお話ですが、念願の達成うれしいニュースですね
私が発病した当初(今から22年前)は現在の公的な骨髄バンクもなく、白血病も不治の病という時代でした。
その現実を知った多くのご家族が骨髄バンクのボランティアとなり、公的骨髄バンクを立ち上げるため「骨髄バンクを支援する○○の会」という会が全国にできていきました。公的骨髄バンクを作ること、ドナーが10万人必要であること、ドナー数を10万人から30万人を目標に適合者の数を増やすことを目的にこれまで全国のボランティアをはじめとする多くの骨髄バンクを支援する関係者の方々が活動してきました。私の両親もそのひとりです。
私も幼い頃から様々な骨髄バンクの啓発活動を行ってきました。シンポジウムや勉強会がある度に両親について行き、募金活動やリーフレットの配布、時には母親と一緒にシンポジウムで発表(スライドを使った説明)した事もあります。
最近は時々しか参加できていませんが、よく考えると骨髄バンクの活動は、私にとってボランティアの原点かもしれません。
骨髄バンクの活動をしていて、再発後にはまさか自分が骨髄バンクを必要とする状況になるとは思いもしませんでした。再発した当時は公的骨髄バンクの立ち上げには間に合いませんでしたが、九州骨髄バンクに患者登録したところ幸運にもドナーが見つかり、骨髄移植を受けることができました
公的な骨髄バンクができ、ドナーも目標の30万人を達成し、昔は不治の病だった白血病をはじめとする血液難病も、現在は骨髄移植という治療法によってその多くが治るようになりました
しかし、30万人を達成しても、まだまだドナーが見つからない患者さんがたくさんいらっしゃいます。そしてドナーも55歳までとなるため、継続的にドナーを維持していく必要性があります。
骨髄バンクが公的なものとなっても、ドナーについて、バンクの運営やボランティア活動の今後…等問題は山積みです
骨髄バンクの活動も父に任せきりでしたが、そろそろこちらの活動も自分にできることがあればと考えています。
そう思わせてくれたのは、昨年の造血幹細胞移植学会にてシンポジストとして参加した時のことです。これまで自分がお世話になった医療関係者だけでなく、学会と同時に行われていた骨髄バンクコーディネータ研修に来られていた方が私の発表を聞いてくださったことがきっかけでした
来月2月9日に骨髄バンクボランティア全国大会が東京にて行われる予定で、私も初めて参加することとなりました。自分にとっていい刺激になればと思っています
スマイルデイズおよびのぞみ訪韓団関係者の皆さま、数日ぶりです。4日間大変お疲れ様でした。
ブログに来てくださって、コメントを残してくださって皆さまホントウにありがとう(^-^)ノ”
今後もいろんな方々とこのブログを通じて出会えていけたらと思います(´・ω・`)
さて、この度の骨髄バンクドナー登録者30万人達成のお話ですが、念願の達成うれしいニュースですね
私が発病した当初(今から22年前)は現在の公的な骨髄バンクもなく、白血病も不治の病という時代でした。
その現実を知った多くのご家族が骨髄バンクのボランティアとなり、公的骨髄バンクを立ち上げるため「骨髄バンクを支援する○○の会」という会が全国にできていきました。公的骨髄バンクを作ること、ドナーが10万人必要であること、ドナー数を10万人から30万人を目標に適合者の数を増やすことを目的にこれまで全国のボランティアをはじめとする多くの骨髄バンクを支援する関係者の方々が活動してきました。私の両親もそのひとりです。
私も幼い頃から様々な骨髄バンクの啓発活動を行ってきました。シンポジウムや勉強会がある度に両親について行き、募金活動やリーフレットの配布、時には母親と一緒にシンポジウムで発表(スライドを使った説明)した事もあります。
最近は時々しか参加できていませんが、よく考えると骨髄バンクの活動は、私にとってボランティアの原点かもしれません。
骨髄バンクの活動をしていて、再発後にはまさか自分が骨髄バンクを必要とする状況になるとは思いもしませんでした。再発した当時は公的骨髄バンクの立ち上げには間に合いませんでしたが、九州骨髄バンクに患者登録したところ幸運にもドナーが見つかり、骨髄移植を受けることができました
公的な骨髄バンクができ、ドナーも目標の30万人を達成し、昔は不治の病だった白血病をはじめとする血液難病も、現在は骨髄移植という治療法によってその多くが治るようになりました
しかし、30万人を達成しても、まだまだドナーが見つからない患者さんがたくさんいらっしゃいます。そしてドナーも55歳までとなるため、継続的にドナーを維持していく必要性があります。
骨髄バンクが公的なものとなっても、ドナーについて、バンクの運営やボランティア活動の今後…等問題は山積みです
骨髄バンクの活動も父に任せきりでしたが、そろそろこちらの活動も自分にできることがあればと考えています。
そう思わせてくれたのは、昨年の造血幹細胞移植学会にてシンポジストとして参加した時のことです。これまで自分がお世話になった医療関係者だけでなく、学会と同時に行われていた骨髄バンクコーディネータ研修に来られていた方が私の発表を聞いてくださったことがきっかけでした
来月2月9日に骨髄バンクボランティア全国大会が東京にて行われる予定で、私も初めて参加することとなりました。自分にとっていい刺激になればと思っています

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