2008年03月26日 (水) | 編集 |
みなさ〜ん

先日お知らせした、大谷貴子さんの番組が今晩9時から
あります
もうすぐです
今回のドラマの主人公である貴子さん(ドラマでは名前が直子さんだったかな・・・)は、慢性骨髄性白血病の経験者で、また骨髄移植も経験されています(まだ骨髄バンクが設立されていなかった時代)
日本骨髄バンクの設立に携わられた貴子さんの闘病体験、骨髄バンク設立までの出来事(貴子さんの著書、“生きてるってシアワセ”を元に再現された)がドラマ化されます
どうやら、ご本人もご出演されてるらしい(?!)です
様々なふれあいを描いたヒューマンドラマのようです。
是非ご覧下さいm(_ _)m
記;なおちゃん


先日お知らせした、大谷貴子さんの番組が今晩9時から
あります
もうすぐです

今回のドラマの主人公である貴子さん(ドラマでは名前が直子さんだったかな・・・)は、慢性骨髄性白血病の経験者で、また骨髄移植も経験されています(まだ骨髄バンクが設立されていなかった時代)

日本骨髄バンクの設立に携わられた貴子さんの闘病体験、骨髄バンク設立までの出来事(貴子さんの著書、“生きてるってシアワセ”を元に再現された)がドラマ化されます

どうやら、ご本人もご出演されてるらしい(?!)です

様々なふれあいを描いたヒューマンドラマのようです。
是非ご覧下さいm(_ _)m
記;なおちゃん
2008年01月18日 (金) | 編集 |
こんばんは。 なおちゃんです。
スマイルデイズおよびのぞみ訪韓団関係者の皆さま、数日ぶりです。4日間大変お疲れ様でした。
ブログに来てくださって、コメントを残してくださって皆さまホントウにありがとう(^-^)ノ”
今後もいろんな方々とこのブログを通じて出会えていけたらと思います(´・ω・`)
さて、この度の骨髄バンクドナー登録者30万人達成のお話ですが、念願の達成うれしいニュースですね
私が発病した当初(今から22年前)は現在の公的な骨髄バンクもなく、白血病も不治の病という時代でした。
その現実を知った多くのご家族が骨髄バンクのボランティアとなり、公的骨髄バンクを立ち上げるため「骨髄バンクを支援する○○の会」という会が全国にできていきました。公的骨髄バンクを作ること、ドナーが10万人必要であること、ドナー数を10万人から30万人を目標に適合者の数を増やすことを目的にこれまで全国のボランティアをはじめとする多くの骨髄バンクを支援する関係者の方々が活動してきました。私の両親もそのひとりです。
私も幼い頃から様々な骨髄バンクの啓発活動を行ってきました。シンポジウムや勉強会がある度に両親について行き、募金活動やリーフレットの配布、時には母親と一緒にシンポジウムで発表(スライドを使った説明)した事もあります。
最近は時々しか参加できていませんが、よく考えると骨髄バンクの活動は、私にとってボランティアの原点かもしれません。
骨髄バンクの活動をしていて、再発後にはまさか自分が骨髄バンクを必要とする状況になるとは思いもしませんでした。再発した当時は公的骨髄バンクの立ち上げには間に合いませんでしたが、九州骨髄バンクに患者登録したところ幸運にもドナーが見つかり、骨髄移植を受けることができました
公的な骨髄バンクができ、ドナーも目標の30万人を達成し、昔は不治の病だった白血病をはじめとする血液難病も、現在は骨髄移植という治療法によってその多くが治るようになりました
しかし、30万人を達成しても、まだまだドナーが見つからない患者さんがたくさんいらっしゃいます。そしてドナーも55歳までとなるため、継続的にドナーを維持していく必要性があります。
骨髄バンクが公的なものとなっても、ドナーについて、バンクの運営やボランティア活動の今後…等問題は山積みです
骨髄バンクの活動も父に任せきりでしたが、そろそろこちらの活動も自分にできることがあればと考えています。
そう思わせてくれたのは、昨年の造血幹細胞移植学会にてシンポジストとして参加した時のことです。これまで自分がお世話になった医療関係者だけでなく、学会と同時に行われていた骨髄バンクコーディネータ研修に来られていた方が私の発表を聞いてくださったことがきっかけでした
来月2月9日に骨髄バンクボランティア全国大会が東京にて行われる予定で、私も初めて参加することとなりました。自分にとっていい刺激になればと思っています
スマイルデイズおよびのぞみ訪韓団関係者の皆さま、数日ぶりです。4日間大変お疲れ様でした。
ブログに来てくださって、コメントを残してくださって皆さまホントウにありがとう(^-^)ノ”
今後もいろんな方々とこのブログを通じて出会えていけたらと思います(´・ω・`)
さて、この度の骨髄バンクドナー登録者30万人達成のお話ですが、念願の達成うれしいニュースですね
私が発病した当初(今から22年前)は現在の公的な骨髄バンクもなく、白血病も不治の病という時代でした。
その現実を知った多くのご家族が骨髄バンクのボランティアとなり、公的骨髄バンクを立ち上げるため「骨髄バンクを支援する○○の会」という会が全国にできていきました。公的骨髄バンクを作ること、ドナーが10万人必要であること、ドナー数を10万人から30万人を目標に適合者の数を増やすことを目的にこれまで全国のボランティアをはじめとする多くの骨髄バンクを支援する関係者の方々が活動してきました。私の両親もそのひとりです。
私も幼い頃から様々な骨髄バンクの啓発活動を行ってきました。シンポジウムや勉強会がある度に両親について行き、募金活動やリーフレットの配布、時には母親と一緒にシンポジウムで発表(スライドを使った説明)した事もあります。
最近は時々しか参加できていませんが、よく考えると骨髄バンクの活動は、私にとってボランティアの原点かもしれません。
骨髄バンクの活動をしていて、再発後にはまさか自分が骨髄バンクを必要とする状況になるとは思いもしませんでした。再発した当時は公的骨髄バンクの立ち上げには間に合いませんでしたが、九州骨髄バンクに患者登録したところ幸運にもドナーが見つかり、骨髄移植を受けることができました
公的な骨髄バンクができ、ドナーも目標の30万人を達成し、昔は不治の病だった白血病をはじめとする血液難病も、現在は骨髄移植という治療法によってその多くが治るようになりました
しかし、30万人を達成しても、まだまだドナーが見つからない患者さんがたくさんいらっしゃいます。そしてドナーも55歳までとなるため、継続的にドナーを維持していく必要性があります。
骨髄バンクが公的なものとなっても、ドナーについて、バンクの運営やボランティア活動の今後…等問題は山積みです
骨髄バンクの活動も父に任せきりでしたが、そろそろこちらの活動も自分にできることがあればと考えています。
そう思わせてくれたのは、昨年の造血幹細胞移植学会にてシンポジストとして参加した時のことです。これまで自分がお世話になった医療関係者だけでなく、学会と同時に行われていた骨髄バンクコーディネータ研修に来られていた方が私の発表を聞いてくださったことがきっかけでした
来月2月9日に骨髄バンクボランティア全国大会が東京にて行われる予定で、私も初めて参加することとなりました。自分にとっていい刺激になればと思っています

2008年01月17日 (木) | 編集 |
2008年1月15日、骨髄バンクのドナー
登録者は30万人に到達しました

韓国に行ってた記事を編集しようと思って
いましたけど、大事なニュースだと思って
お知らせしました。
私が治療していた当時は骨髄バンクは、
まだこの国には無かったと思います。
そして、骨髄移植の実施例もまだ国内
では一桁だったと思います。
(6歳の頃の話なのでよく覚えていませんが)
ようやく、長い道のりでたどり着いたんだなって、
感じました。
ただ、骨髄バンクのドナー登録者が目標の
30万人に到達した!っていっても、まだまだ
ドナーと患者の間には移植に至るまでに様々な
障害もあることと思います。
私が読んだ新聞の記事には、目標に到達しても、
登録への協力を今後も募りますとありました。
このブログも、骨髄バンクに協力が出来るといいですね。
‥‥っていうか、私より、なおちゃんの方がこの分野は
断然詳しいから、なおちゃんにも記事をお願いしよ
。私達が韓国から帰国した翌日の発表って言うのに、
勝手ながら感動しました!

と、いうことで、韓国の話はまた後日に

PS:テケテケMtさん、step by stepさん、
コメントありがとうございます。
一緒に旅した方なのはわかるけど、コメント
見てても誰なのか、わからにゃい

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