小児がんと向きあう方々とともに…
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本日はアニバーサリぃ~
2007年06月03日 (日) | 編集 |
しろ~です。

今日は私の記念すべき誕生から11111日目です
※だからどうしたぁ~って、言わないでぇ~

リンクに張っているkeisan(計算サイト)にて、自分が今日まで
“何日生きてるか?”を計算できます。

毎日、充実した日々を送ることは、努力なしには難しいですし、
かといって、努力すれば思うようになるわけではなく、
自分の力ではどうしようもない事があったり…。
そんな時もありますよね。

私の好きな言葉のひとつに、
『良いことばかりが続くなんて事は、不思議な事と思いなさい。
 世の中は乱れていて、悪い事が多くて当たり前なのだ。』
というのがあります。
うーん、なんてポジティブなんだろう。
 
今日で11111日目迎える事を前々から
知っていましたが、私は今日までいったい何日を自分のためだけに使ったか?
何日、人のために動いたのか?何日、生き方を迷ったのか?等など…。


今日は、そんなことを考えてもみるわけです。

過去を振り返ると…

楽しかった出来事は、振り返ってもあまり残ってないこと。

人からされた冷たい仕打ちは、今も胸に傷が残ってること。

人の心を傷つけてしまったことが、今でも悔いに残ってること。

自分のコンプレックスに押しつぶされそうになって振り回されてたこと。

あきらめる事が当たり前になってしまっている自分になってること。

弱い心に支配されて、自分に自信が持てなくなってしまってること。

肝心なときに勇気が出せない、ため息のでるような自分になってること。

10代~20代半ばまで、けっこうネガティブだったんです。私。
※暗くなってごめんなさい

『病気が治っても、なんでこんなに毎日が苦しいんだ?
 なんで俺は今も生きてるんだ? 力がなくて何もできないじゃないか!
 俺にいったい何ができるっていうんだ!!…』

心の中で、毎日そう想い苦しみながら過ごしてました。

今思えば恐ろしいことですが、心が荒んでしまって、
私は自分の体を刃物で傷つけた時期もありました。

この頃は、正直言って、生きることに希望が持てなかったんです。


でもある日、私の知人から連絡があり、
『病気で悩んでいる人がいるから、あってほしい』と、その方の
ところへと連れて行かれました。

私は、最初にその人の顔を見て、『俺に触るな!』って目を
コチラに向けたのを感じました。

心が孤独になってしまった人なんだと思って、私は
開口一番に『病気が怖いですか?』って聞きました。

相手の方は『ハァ?』って拍子抜けして、驚いていましたが、
自分の今日までのことを順番に話してくれました。

向かい合っての対話は数時間になりました。

私も、自分の闘病の話をしました。

その方は、最後に私にこう言ってくれました。

『今日は、お話ができてうれしかったです。
 健康な人から頑張れって励まされても、
 私にはイヤミにしか聞こえない心になって
 いました。でも、
 しろ~さん、あなたと話してたら、こんなにも
 気持ちの通じる人がいたんだ。って、思えて
 心のつっかえが取れました。
 私も、自分と自分の病気にちゃんと向き合います。
 あなたは、私の希望です。』

そう言われて、私は心の底から嬉しさがこみ上げてきました。

その帰り道、連れて行ってくれた知人が口にしたのはこんな言葉でした。

『ずっと話を聞いてたけど、 あなたと、あの人だからできる
話なんだって感じて、話に入る余地が私には無かった。
病気や環境が違っても、通じ合えるんだね。
あなたを連れてきて正解だった』

私も、一人になってからこの出会いを振り返って、
自分にひとつ答えが出ました。

『ありのままでいいんだ。このままの俺でいいんだ。
 背伸びなんかしなくていいんだ。大したことが
 なーんにできないでも俺にしかできないことってあるんだ!』って。

私はその出来事で、ネガティブな自分から抜け出すことができました。

それから、いきなりポジティブになれたワケではなかったけど、
私は、それから積極的に悩みを抱える人の話を聞くことにしました。

一緒に悩んで、あげると苦しみが分かち合える。
相手も、心の痛みが軽くなる。
乗り越えたときは、私も心から一緒に喜べる。
自分が経験しない事も、自分の事のように体験できるという
事で、心の成長が早くなるんだなって感じて。

私は最近、目の前にいる人を笑顔にする!って心に決めて、
人に会うように心がけています。

相手がどんなに落ち込んでいても、暗くても、私がそれに引きずり
込まれなければいい。
反対に、私の心が楽観的だと相手も次第にそれにつられて
最後は笑ってくれるんです。

笑顔って大切です。
病気を乗り越える力にもなるって研究でわかってるほどです。

でも、笑えない世の中の事情がいつも私たちにはあります。
毎日、悲惨な事故や事件、自殺の報道を見ると私は、
ほんとに悲しくなります。

今、病気や飢えで、一日でも長く生きたいと願う人がいる現実と、
人を、命を大切にできない人、欲で人を不幸にする人がいる現実と
この世界にはそのどちらもがあることを実感します。

命を大切に…。この言葉

別に、スケールの大きなことではないと私は思います。

そばにいる家族や、愛してる恋人、大切な友人へ想う
愛情や友情が、もう少し広がって、すれ違う人、触れ合う人、
同じ乗り物に乗る人、職場で会う人、近所の人にまで
エゴを乗り越えて少し出せたら自分の心も豊かになって、
お互いに大切にできるのに…。

そう想います。

私には、辛いことや、悲しいことがたくさんありました。
でも、その経験が人のために役立つんだと実感できるようになって、
今はそのおかげでポジティブな自分になれました。

過去のつらいことや悲しいことを振り返れば、それらが心を
強くする材料になってくれていると、感謝しています。

まだまだありますよ。私の心に残っているもの。

さりげない温かい言葉が、私を支えてくれてること。

私の笑顔が、相手の顔にスマイルをメイクできること。

私の生きてる姿を見て、希望を持つ人がいること。

こんな私でも、私にしかできない使命があること。

そしてそれは私だけでなく、誰もが本当は持ってること。

命が、持ってる力はめちゃくちゃスゲーんだってこと…。



話がだらだらと、長くなってしまいましたね


次のキリ日は…15000日目かな…。

この日を迎えるときは、もっとたくさん経験を積んで、
よりポジティブに、より成長した自分でありたいと
願ってます

俺は何歳になってるかな?計算しなくちゃ



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 I 先生お気に入りの記事 その1
2007年06月03日 (日) | 編集 |

久留米大学病院でのオリエンテーション その2
からの続きですよ~。





オリエンテーションを終えて、
講堂の外へ出て一息つくと
S記者がこちらに歩み寄って

S記者:「しろ~さんは北九州のどちらにお住まいですか
しろ~:「八幡東区ですが…」
S記者:「お兄さんは、もしかしたら○○さんでは
しろ~:「なんでご存知
って、やりとりがありました。

実はS記者さん、
兄と同じ大学出身の後輩で、
同じ寮に住んでいて、
仲がとても良かったとの事。

二人で笑いながら
「世間が狭っ
って言い合いました。

兄から私の私の事もチラッと聞いていたみたいで、
しかも、八幡にもしばらく居たそうです。

私は家に帰ってから家族に話したら、
他の兄弟やおふくろもみんな
S記者のことは知っているそうで…。
知らなかったのは私だけ…

これからもお会いする機会がある事でしょうから、
良い交流ができればと挨拶を交わしてお別れしました

さてさて、用事のあるビッグママとも
ここでお別れして、ボスとメタボNと、
OKAっPIKIとしろ~の濃いぃ~4人で
夕食の席へ移動する事に。

道の途中でオリエンテーションに
参加されてた学生さんとすれ違う時に、
「今日はありがとうございました!共感できました!」
って感想をいただいて、照れくさいながらもこちらも
「ありがとうございました」ってこちらも返礼をしました。

1人でも、今日の出会いが良い縁であった!
と思っていただければこちらも幸いです

私の車にボスが同乗して、
お店までちょっとしたデート気分で移動。

いままで二人とも、なかなか会う事も、
ゆっくりとお話する時間も無かったので
会えるとウレシイんですよねぇ

お店までの道中、関西弁をしゃべる私のカーナビに
面白いって笑ってるボスに、
私もニコニコ

目的地付近に到着して、
車を降りてお店までテクテク。
先に着いてたOKAっPIKIと
合流したけど、メタボNの姿がない。

ボスが「あれぇNくんは
って心配をしてたら、
遠近法を無視したかの様に腹部に存在感ありありの
メタボNがこちらへのしのしとやってくる。
近くで立読みしてたそうな
これで全員そろい、お店へ。

今回、食事をしたお店はボスのチョイス!
ステキな和食系の創作料理屋さんって感じ。
ボス、ぐっじょぶ

2階の座敷に上がり、
4人は再会と今日の労いの
乾杯をしました。

珍しくて、美味しい料理に獣のように…
あっ、ふさわしくないね
お腹の空いてた私たちは、
次の料理がくる頃には、
キレイに食べていました

キャイキャイ言いながら、いろんな会話が
とめどなくメタボNから出てくる出てくる
それをニコニコしながら聞いてるボス。
それにテンポ良くツッコミいれてる、しろ~。
そして顔色変えず、黙々と食べながら静観するOKAっPIKI。
※わかる人にはわかるはず、この雰囲気がっ

みんなで、20年ほど前の病院での話や、
若い頃のキャピキャピだった頃のボスの話、
しろ~の当時のやんちゃ武勇伝のこと、
病院のそばにあった江口食堂(今はもう空き地ですけど)
での店主奥様の夫婦ゲンカの話、
メタボNの看護婦さんへの淡い恋心や、
高校教師メタボNと教え子OKAっPIKIの
いまだから言えるぶっちゃけ話などなど。

サイコロ振らなくても、話題は尽きない

特に、メタボNが今まで経験した
どんなことよりもショック
を受けたと言う、

ボスからの優しいセリフ

「Nくん、体重計にのろっかぁ~」

で、みんな大爆笑

メタボNは、これでしばらく寝込むほど
だったとか…(ウソ)

ちょっとここらで、
メタボNこと、SMILEDAYSのリーダーのことに
ついて、知らない方のためにも
私の推測の範囲で少しご紹介しましょう。

1、Nくんは、推定体重85キロ前後。
2、高校教師より、福岡吉本の方がお似合いかも。
3、しろ~と同じ時期に入院してた。
4、治療の苦しみより、恋の悩みがツラかった?
5、一度もハゲにはなってない。
6、食べるの大好き
7、イタイの大嫌い
8、特にとがった物がイヤみたい
9、写真を撮ると、「ん~マンダム」のポーズをするオヤジ体質
10、外国語のような八女弁の使い手
11、もう書く事無いなぁ~。
↑追加・変更あり!

と、言った感じでしょうか。
我ながら良く書けた
ボス、こんなもんでいかがでしょうか

SMILE(笑顔)DAYS(日々)のリーダーらしい
そんなキャラです

話が盛り上がってるところで、ふすまが開き、
店員さんから
「お客様、そろそろ看板をさげますが…」って。

言われて時計を見ると22時を過ぎて、
3時間以上も話してました

私たちは残ってる最後の客のようで、
慌ててお店を出ました(ごめんなさいね)

お店の外に出て、ここで解散。

Nくんから、
「オモシロい記事を書いたら、
コメントを入れてあげる!」
なんて挑戦状を渡されてしまい、

この記事をせっせと書いています。

私はボスのはからいで、お店のそばの
ビジネスホテルで1泊させていただきました。

シングルの部屋を予約してましたが、
フロントで「広めのお部屋になってます」
と言われて、部屋に入るとツインベッドが

かなり広い部屋で、男一人。
ん~、さっき解散した時も淋しかったけど、
この部屋がもっと淋しさを増してくれました
どっちのベッドに寝ようかな…。
そんな悩みを抱えながら、
私の濃い1日が終わりました。





久留米大学病院でのオリエンテーション その翌日

にまだまだ続く…。



 I 先生おすすめの記事 その3
2007年06月03日 (日) | 編集 |

しろ~です。
先日、病気ブログを通して、現在ガンと闘病をされている方のブログの記事を読んで、
私がコメント欄に以下のようにメッセージを送りました。
そして、そのコメントへのお返事を戴きました。

とても大切なやりとりだと感じて、SMILEDAYSのブログでも
ご紹介しようと思いましたので、転載させていただきます。







こんばんわ、はじめまして。しろ~といいます。
私は6歳の時に小児急性リンパ性白血病を発症し、
当時は不治の病と言われたなかで、克服したものです。

私は、病棟の中で沢山の友人が亡くなるのを、経験してきました。

今も思い出せば涙が出てきます。(もう30歳の男なのに)

先日、プロジェリア患者のアシュリーの
ドキュメントをTVで観ていて、
彼女の先輩で他界したジョン・タケット君の言葉に
すごく感銘をうけましたので、●●さんにもご紹介したいと思いました。

プロジェリアは、10倍の速さで老化する病。
ジョン・タケット君はこの病気で15歳で生涯を終えた。

「人生はどう生きるかなんだ
長さは重要じゃない
こんな病気で僕って
何てかわいそうと思いながら
一生悲しいパーティーを
続けるのか
それとも前へ進み
人生を意味あるものにするか
僕は自分の命を最大限に生きたい」


わずか15年の短い生涯だったけど、彼のこの言葉は、
メディアやネットを通して今もなお発信されています。
病と老化と死を真正面から受けきっていく彼の生き様の中に、
生命の輝きはあるんだな、そして、これからも彼のメッセージが、
後世にわたって、人々の心に生き続けていくんだな。と、俺は感じました。

俺も病気を通して、
大きく価値観が変わりました。

病気を克服した事について、人から「運が良かったのね」って
言われる事があるけど、運が良かったら最初から病気なんか
しませんよ。って言いたい。

病気は、生き抜くことの大切さを教えてくれた。
病気は、自分にしか出来ない事を学ばせてくれた。
人の心の痛みを感じれる自分に変えてくれた。
人生の価値観を大きく変えてくれる大切な経験です。

事故で突然命を失う事と比較してはいけませんが、
病気で死を迎える事は限られた時間を知る事で
自分と向き合う時間を大切に出来るという事。

誕生の喜びは人を笑顔にするだけですが、
死は残されて生きていく人の心の中に大きな影響を与えるのです。

「●●さん、あなたの様に私も精一杯生きていこう!自分らしく輝いて生きよう!」
って、これからも一人でも多くの方に
言っていただけるような人生であってほしいと思いました。

私も、病気を克服して23年になりますが、
今日までのんびり生きた事はありません。
病気で不安をぬぐえない人や、諦めた人に、
希望になるように、笑顔を与えられるように、
必死で生き抜いて、たくさんの方たちと対話をしてきました。

「抜苦与楽(ばっくよらく)」
私が大切にしてる言葉です。
自分の存在が、苦しむ人、悩む人の心に
希望となり、出会えた事を喜んでいただける
自分になろうと思った言葉でした。

いままで辛い事が多かったからこそ、
些細な事でも幸せを感じて喜べる。
そう、つくづく感じます。

●●さん、頑張って!って言われると、
もう頑張ってます!って言いたくなる事ないですか?

あなたに縁する人たちが、日々、
あなたから大切な事を学んでいますよ。
忘れないでくださいね。

偉そうに突然来て、いろいろ言ってごめんなさい。

でも、どうしても伝えたくて。
明日も笑顔で過ごせますように。

※以上のようなお話を、コメントとして投稿させていただきました。
 翌日、お返事が、コメントに掲載せれましたので、以下にご紹介します。

  





しろ~さん、はじめまして。こんばんは☆
コメント、ありがとうございます。
「抜苦与楽」、とても素晴らしい言葉ですね。しろ~さんの志も。
しろ~さんが生きてこられた30年間は、とても密度の濃い年月だったと思います。
私なんてちっぽけで、足元にも及びませんが、その思い、気持ちはしっかりと
受け止めさせていただきます。私に何ができるかわかりませんが、
少しでも何か伝えることができればいいなと思っています。

私もたぶん同じ番組だと思いますが、見ました。プロジェリアという、
こんなにも残酷な病気があるのだということにも驚きました。
なのにふたりはあんなにも前向きに、真摯に生きていて・・・
その姿に涙が止まりませんでした。

>人生はどう生きるかなんだ
>長さは重要じゃない

彼はたったの15歳で、心も大人にならなきゃいけなかったんですね。
重い言葉です。

しろ~さんが病気を克服されたのも、きっと何か意味のあること。
たくさんの人に伝えるべきことがあるだろうと生かされたのかもしれませんね。
>病気を克服して23年になりますが、今日までのんびり生きた事はありません。
・・・わかるような気がします。
私にも伝えてくれてありがとう!!ぜひまたいらして下さいね。

by●●さん


------------------------------------


私のブログの記事から抜粋して送ったコメントでしたが、
改めて、病を経験したもの同士にしかわからない気持ちというか、
心と心のやりとりだな。って感じました。

相手の方とは病気の種類は違いますが、ちゃんと心は通いました。
私は、今まで幾人もの闘病者の方と対話をしてきました。
SMILEDAYSのメンバーだからと言う前に、一人の経験者として、
これからもこうした対話をやりつづけることが、自分らしい生き方なのだと
改めて感じました。

本日も、2人の方と直接お会いして、対話をする機会がありました。
お一人は肝臓に疾患のある方。
もう一人は、10代前半から様々な病と合併症を経験して、
現在、社会復帰を果たした方です。

お二人とも、病気に押しつぶされそうになりながらも、
必死で乗り越えてる方たちでした。

私も、自分の体験を通して、たくさんお話をしました。

私は、貴重な経験を積ませていただいてるな。と、感謝。

どうか、お二人とも病気に負けないで。

そして、元気になって再会しましょう!!












 I 先生おすすめの記事 その2
2007年06月03日 (日) | 編集 |


ボスをはじめ、テケt、なおっぺ、物部っち、
他みなさん祝ってくれて
ありがとー

今日は、ほんとにブログ以外でも
たくさん、たくさーんの人に
お祝いしていただきました。
ありがとうございます

うれしいです。こんなに大勢の人に
祝っていただいたのは、初めてです。

ウレシくて、















なんてね
今日は、ゆっくりはおろか、
泣くヒマも無いくらいに
メチャクチャ忙しかったんよー
俺の誕生日がぁ~~~~~~

朝一番におふくろに「生んでくれてありがとう」
親父に「種くれてありがとー」(笑)
って挨拶するのが、いつからか
これが我が家の慣わしですがな

今朝も、おふくろに挨拶して、仏壇に直行。
すでに他界した親父にも挨拶をしての1日の
始まりでした

仕事に向かう途中にTELがあって、
今夜お通夜が1件…。

生死って、ほんとに深い事を考えさせてくれる。

話は変わって、
俺の誕生日は雪がよく降るんです。
昨年は、チェーンをつけて仕事に行ったくらい。

今年は降らないかもねーって思ったら、
ちょっとそこの奥さん!
20時頃に雨から霙(みぞれ)に、そして雪に
なったのよ~

いろんな意味でミラクルな1日でしたよ

改めて、今日まで生きてこれた事へ
感謝できた1日でした。

通夜の席で、

生きていく事って、生まれた瞬間から
迷いや苦しみの連続。
死を迎えるまでにどれだけ
悔いの無い生き方をしたか。

短くても、
長くても、
辛くても、
楽しくても、
生涯を一生懸命生きる事しか、
自分の歩く道は無いなって、
感じました。

「人は、生きてきたようにしか死ねない」
って言葉を聞いた事があります。

今日までの自分を振り返って、
いろいろあったけど、一生懸命生きたよ
って、胸を張れます

1年後、どんな経験を積んで、
どんな自分になってるかなんて
わからないけど、1年後も
「一生懸命生きたよ!」って、
胸を張れる生き方を続けますね。

とにかく、みなさんに感謝




 I 先生おすすめの記事 その1
2007年06月03日 (日) | 編集 |


しろ~です。

先日、プロジェリア患者のアシュリーの
ドキュメントをTVで観ていて、
彼女の先輩で他界したジョン・タケット君の言葉に
すごく感銘をうけましたので、ご紹介したいと思いました。

プロジェリアは、10倍の速さで老化する病。
ジョン・タケット君はこの病気で15歳で生涯を終えた。

「人生はどう生きるかなんだ
長さは重要じゃない
こんな病気で僕って
何てかわいそうと思いながら
一生悲しいパーティーを
続けるのか
それとも前へ進み
人生を意味あるものにするか
僕は自分の命を最大限に生きたい」


わずか15年の短い生涯だった彼のこの言葉は、
メディアやネットを通して今もなお発信されています。
病と老化と死を真正面から受けきっていく
彼の生き様の中に、生命の輝きはあるんだな、
そして、これからも彼のメッセージが、
後世にわたって、人々の心に生き続けていくんだな。
と、俺は感じました。


俺も病気を通して、
大きく価値観が変わりました。

病気を克服した事について、人から「運が良かったのね」って
言われる事があるけど、運が良かったら最初から病気なんか
しませんよ。って言いたい。

人生はたしかに楽しい事ばかりじゃない。

だけど病気で、苦しい事や、辛い事を乗り越えていくと、
それが大きな成長の糧になることを改めて最近感じます。

当たり前の日常が、とても大切な時間であると気付いたり、
生も死も隣り合わせで自分のそばにあることを感じたり、
ささいな事が幸せで楽しめる価値観を得たり、
人の痛みがわかる優しい自分に変わったり、
深い感謝の気持ちが素直に出せたり…。

そして、成長した自分を通して、家族や、
また自分の人脈にも大きな影響を
与えていくんです。

勉強が追いつかなかったり、体力が無かったり、
コンプレックスも確かにありました。

だけど、それに負けてばかりな自分はイヤなので、
様々な事へ果敢に挑戦してきました。

そうした経験が、人の役に立ち、
自分の存在価値を高め、
人に頼られる自分へと変化を
もたらしてくれました。

病気をした経験に、俺は感謝してます。




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